富士学会趣意書
富士山は、わが国の最高峰であり、卓越した容姿の霊峰として、古来わが国民の文化・精神面に深大な影響を及ぼしてきた。富士山をテーマにした絵画・詩歌・小説などは枚挙に暇が無いであろう。一方、海外でも富士山は日本を象徴する秀峰として賞賛を浴びている。
富士山は、その特異な成立から、地質学や火山学などの研究対象として独特の地位を占めてきた。生物学的に見ても、海抜ゼロメートルに起こり国土の最高点に達する円錐状の巨大な山体には、標高別の植生分布が明瞭に現れているし、頂上付近には高山荒原が広がり、植生遷移が急速に進行しているなど、興味の尽きない研究対象である。
富士山は、精神的価値においても比類なく、古来神体そのものとして崇拝されてきたし、あらゆる山々の白眉であると仰がれている。おそらく日本人の誰しも、富士山に対する畏敬の念を抱いているであろうが、それは国民的アイデンティティの保持にも、それ相応の役割を果たしているように思われる。山名そのものも、不尽・不二・不死・福慈・普慈などと表記されたり、全国いたるところに見立て富士、広義のフジがあり、それぞれ地域のシンボルになっているなど、こうした日本人の富士観も大事な文化遺産である。
以上の面に限らず富士山の存在は、日本の国土と歴史と表裏一体であるにも拘わらず、富士山及び関連する地域にかかわる学際的研究組織は、いまだに作られていない。富士山に関する個別の研究論文は、それぞれの専門学会誌に散在するだけであり、それらを相互に関連付けて議論し合い、付加価値を高めて体系的に綜合するためのフォーラムも存在しない。
こうした事態は富士山の全体像の科学的解明、ならびに自然保全と環境整備を図るためにも、重大な阻害要因であり、致命的な欠陥であると言わざるをえない。
われわれは、このような認識に基づいて地球時代にふさわしい学術活動の魁となるべき「富士学会」を創設することにしたのである。本学会は、富士山と周辺の地域環境のみならず、内外の富士一般をも順次比較研究の対象に組み入れる、末広がりの広域総合的学会への発展することを目指している。従って正会員には、地質・地形・火山・気象・水文・生物・生態などの系統的自然科学分野はもとより、歴史・社会・経済・民族・宗教などの人文・社会科学分野、および文学・芸術などの文化領域における専門的研究法を適用しながらも学際的交流に努めて、地理・地域学、生態・環境学、空間・地理情報学、文化・社会人類学、景観・デザイン学等が志向する総観的=synoptic、全構造的=holistic、機能共動的=synergic考察法の開発にも挑戦して真に綜合的富士学の育成に参加して頂くことになる。さらに本学会は、一般の富士愛好家、産業界・行政界・民間学術団体・マスコミ界などにおける富士の自然と文化の保全運動家、地域の持続的発展、防災などの専門家・実務者にも協力・支援を呼び掛けて、地域社会の誇りとなるべき真に不二の自然・文化財としての富士山の創生、ならびに広義のフジ地域文化の育成、さらには国際的フジ連帯の樹立にも貢献することを念願している。ここに折り入って大方の御協力と御支援を懇請する次第である。